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学校紹介

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ハイタッチあいさつでハッピーな学校へ

校長 島嵜 孝夫

皆さんこんにちは

平成30年度、横瀬小学校は5新一年生65名を迎え、全校児童390名で力強くスタートしました。子どもたちは明るく素直で、学校教育目標「かしこい子・あたたかい子・たくましい子」をめざし、学校・家庭・地域が一丸となって取り組んでいます。また、「3あ運動」・・・あいさつ・あんぜん・あとしまつ も徹底しています。

学校の特色としては、年間6編の詩の暗唱、ハイタッチあいさつ、縦割り全校校外学習など横瀬小学校ならではの取組がたくさんあります。

学校の歴史は古く、明治5年開校以来140年を超え、よき校風と伝統のある横瀬町唯一の小学校です。特に昭和8年に建設された木造校舎は、県内有数の伝統を誇る建物です。子どもたちや地域の方も、この木造校舎にたいへん愛着を持っています。

今年度は、「ハイタッチあいさつ」に力を入れ、「チーム横瀬」で子どもたちと共に頑張ります。どうぞよろしくお願いいたします。


校歌

作詞:神保光太郎

作曲:清水脩

横瀬小学校校歌

横瀬小学校校歌 (PDF)

所在地

住所 〒368-0072 埼玉県秩父郡横瀬町横瀬4556
TEL 0494-22-0618

学校の沿革

明治 5年 横瀬学校開設 (法長寺を校舎にあてる)
明治 6年 横瀬公立学校を新設 (棚久保地内)
明治 25年 横瀬尋常小と改称学校
明治 33年 11月 23日 現在の校地に校舎三棟新築
昭和 8年 4月 1日 木造二階建校舎新築 (第一校舎)
昭和 35年 6月 15日 鉄筋コンクリート三階建校舎新築 (第二校舎)
昭和 38年 8月 29日 野外体育館新設
昭和 47年 11月 1日 県指定交通安全教育研究発表
昭和 48年 4月 9日 鉄筋コンクリート四階建校舎新築 (第三校舎)
昭和 51年 1月 16日 校歌制定
昭和 53年 1月 17日 校舎西側、 北側校地造成グランド整備
昭和 58年 2月 同和教育研究発表(誌上)
平成 元年 9月 22日 体育館裏 (プレハブ一棟)
平成 2年 3月 26日 校舎増築 (図書館・視聴覚室)
平成 2年 7月 9日 視聴覚教育備品整備、校内放映システム整備
平成 5年 11月 5日 文部省指定道徳教育推進校研究発表
平成 8年 6月 新プール完成
平成 11年 12月 パソコン教室改修工事
平成 12年 11月 5日 二代目 「樫の木」 植樹
平成 13年 8月 21日 扇風機各教室に設置
平成 14年 3月 26日 学校正面進入路門扉の新設
平成 14年 4月 10日 県・町教委 人権教育研究協力委嘱
平成 14年 8月 31日 校長室・事務室の移転・改修
平成 15年 8月 31日 職員室改装
平成 18年 2月 10日 パイオニアスクール事業 研究発表会
平成 18年 2月 28日 木造体育館新築完了 引渡
平成 18年 6月 14日 埼玉県知事 とことん訪問
平成 20年 7月 8日 埼玉県教育委員会副教育長学校視察
平成 20年 8月 31日 第3校舎耐震補強工事
平成 21年 3月 30日 体育館裏物置改修
平成 21年 4月 1日 芦ヶ久保小学校と統合
平成 22年 3月 30日 学校給食調理場隣接地に竣工
平成 22年 8月 17日 教育に関する3つの達成目標研究依嘱校発表
平成 23年 11月 04日 食育指導力向上授業会場校
平成 23年 11月 13日 埼玉・教育ふれあい賞受賞
平成 23年 2月 10日 彩の国景観賞受賞
平成 24年 3月 26日 第一校舎耐震補強工事完了・体育館太陽光パネル設置
平成 24年 5月 21日 全校で金環日食を観察

職員紹介

平成30年度

校長 島嵜 孝夫
教頭 近藤 均
主幹教諭 林 和彦
教諭 以下20名
養護教諭 1名
栄養教諭 1名
事務主査 1名
事務職員 1名
校務員 2名
ALT 1名
非常勤講師 3名
ソーシャルワーカー 1名
学級支援員 5名
40名

在籍児童数

2018年4月9日現在

学年 1年 2年 3年 4年 5年 6年
児童数 27 33 32 32 41 25 190
38 28 26 41 34 33 200
65 61 58 73 75 58 390

青い目の人形 カロリンちゃん

青い目の人形 カロリンちゃん

昭和二年のひな祭り、アメリカから日本の小学校や子どもの施設に青い目の人形が平和の使者として贈られてきました。

二十年にわたり日本で宣教師、英語教師として活躍したS・ギューリック氏が、当時アメリカ国内で日本人移民への排斥運動が、各地で起き、心を痛めて思いついたものです。良識ある米国の市民や、子どもの気持ちを人形に託し、日米の平和友好親善に役立てたいと考え、市民団体などに呼びかけたのです。

この運動は、またたくまに全米に広がり、一万二千七百三十九体の人形が集まり、日本へ贈られてきたのだそうです。

日本全国の小学校や子どもの施設で、まだ珍しかった「青い目の人形」と、日米両国旗が飾られ大歓迎をうけました。

日本では、答礼として二百六十一万人もの子どもたちが一銭カンパを行い、「黒い目の人形」をアメリカへ贈りました。

その十数年後の日米の開戦により、「青い目の人形」たちは、敵国人形として焼かれたり、破壊されたりしました。

現存する横瀬小学校のカロリンは、そんな難を逃れ大切に保存されてきたのです。

これからも、反戦平和友好の象徴として、横小の子ども、日本の子どもが幸福であるように見守り続けて下さい。

(昭和63年7月6日 PTAだより 第98号より抜粋)